2017年06月19日

【2度目の入院:その2。】

前置きが長くなってしまったが、その入院生活で思い出深い出来事を書いてみる

小学校5年生の4月に入院し12月に退院した。
入院したのは4月6日、新学期に間に合うように朝から移動して入院手続きと入学手続きを行った。
地元の一関市立山目小学校にも、多分1日だけか登校したはずであるから、途中で転校という形になったのだろう。
その入院の日、親父とお袋と自分の3人は親父の運転する車で仙台へと向かった。
親父は何を勘違いしたのか、仙台市内の国道4号と45号の交差するところから東に向かってしまった。
途中で人に道を聞いて、また西多賀へ向かったのであるが、親父の勘違いは仙台の東にある多賀城である。
まぁ、そんなこんなで4号線の南下し、おそらく名取川に架かる名取大橋のたもとから西多賀に向かった。
記憶ではバイパスの方なのか旧国道の方なのかは定かではないけれど、橋の欄干には大きな石の球体が乗っかっていた。どちらだろう?

病院側からは○時までに来て欲しいとのことだったけれど、道を間違えたおかげでギリギリ滑り込みだった。
それが入院第1日目の始まりである。
その日のことは、やはりちゃんと覚えている。
朝の入学手続きの時に、隣の病室に入院する多賀城から来た女の子がいたのを覚えている。彼女は症状の軽い脊髄側湾症で夏ごろまでいた。
手続きが終わったころにお昼近くになったのだと思うが、食堂でラーメンを食べたのを覚えている。
おそらく手続きが終わった後に、検査をしたのだろう。
その後に看護婦さんと会い、病室でのことなどの説明を受けて、いよいよ病室へ、入院である。

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とりす
なかなか納得できる一枚が撮れなくて四苦八苦してるけど、撮りためた写真をブログでもアップ。


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