2018年12月26日

【あの人61】S・Sさん

子供の頃、憧れのお兄さんだった。彼には私よりもも2つ年上の弟がいた。
けれど弟さんよりも彼のほうが小さな子供達の面倒見が良かった。
その頃は、今の子供たちと違って遊ぶときは縦社会なのだ。
もちろん同級生のつながりもあったけれど、必ず年上の人たちに混じって遊んでいたものだ。
私は彼から7つや8つぐらい下で、味噌っかす的な存在なので、いつも彼らの後を必死になって追いかけていた。
私はひょっとしたら、その縦社会の末期の存在ではないのかなぁと思う。
幼稚園の頃には、手先が器用だったのだろう、ソリや竹スキーを作ってくれた。
当時は今よりも雪が多かったので、家の裏坂や少し離れた山の斜面などで、良く滑ったものだ。
もっとも彼のお父さんは竹細工で、何かを作っていたのだから、血筋かもしれない。
また、機械物にも詳しかった。もちろん車やバイクなどという大人の遊び道具ではなく、自転車という子供にとっての唯一の移動手段。
彼の庭には彼専用の自転車小屋という名のガレージがあり、その壁には自転車いじりに必要なレンチやスパナなどの工具類が掛けてあった。
そうしてコツコツと自分の自転車を修理したり、改造したりして乗っていたのだと思う。
私が初めてサイクリングらしいことをしたのは、小学校の1年か2年だったと思う。
自宅から7〜8Km離れた平泉町の中尊寺までの往復だったが、そのサイクリングを企画して連れて行ってくれたのが彼である。
そして、運動神経も抜群だった。私が小学校に入った頃には、彼は中学生になっているのだが、多分体操部に入っていたのだと思う。
時々以前と変わらずに遊んでくれたのだが、時々前転から側転、そしてバク転・バク中という連続技を見せてくれた。
もうこれだけでも、彼は私たち小さな子供にとっては、憧れ以上のスーパースター的な存在である。
その後、結婚して元の自宅で暮らしていた。けれど、その家が狭いこともあってか、どこかに家を建てたのであろう。
ここ10年ぐらいの間に引っ越してしまっていて、気がつくと元の自宅は更地になっていた。


----------------------------------------


コメントする

名前
 
  絵文字
 
 
とりす
なかなか納得できる一枚が撮れなくて四苦八苦してるけど、撮りためた写真をブログでもアップ。


月別アーカイブ