2019年06月06日

【あの人64】S・H君

彼とは小学校の3年の時に一緒になっただけの間柄だ。
2年生の時も4年生の時も彼の記憶はないから、やはり転校生としてやってきて、そしてまた転向して行ったのかも知れない。
そして、あまり他の友達から彼の話しは聞いたことがないので、やはり他の友達も彼の思い出というのはそれほど持っていないのだろう。
けれど、小3の自分としてはかなりの時間を彼と一緒に遊んだように思う。
自転車しか移動手段のない小学生にとっては、彼の家は日常的な距離とは言えず、ちょっと離れていたように思う。
今は彼の住んでいた近くを車で通ることがあるが、それほどの距離とは思えない。
自転車だったしてもそれほど遠いわけではないのだが、やはり行動範囲の広くない小学生の距離感覚なのだろう。
今でもある道から少し奥まったところに彼の家はあった。
正確には彼が住んでいた借家があったというほうが良い。
棟続きの長屋で隣同士がくっついていたような気がするが、これはどうだろう・・・当時、一関にそのような借家があったかどうか。
具体的に何をして遊んだという記憶は、これまた無い。
何か馬鹿なことをしゃべっていたという記憶しか持っていない。
けれど、かなりの年月を経ても、彼の記憶は消えないのだから、彼とはそれ相応に遊んでいたのだろう。
当時友達から聞いた話しだったか本人から聞いた話しだったかは定かではないのだが、彼のお父さんが気象関係の仕事をしていたという話しで、彼もお父さんと一緒に転校して回っていたという。


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とりす
なかなか納得できる一枚が撮れなくて四苦八苦してるけど、撮りためた写真をブログでもアップ。


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